はじめに

 私たちは、仕事と生活の良好なバランスのもとに生きがいを感じられる社会でこそ生活満足感が得られ幸福感を実感できるものと考える。このような社会が創造され持続されていくためには様々な社会システムの変更や転換が必要とされるが、とりわけ重要であると考えられるのは、生活者にとって豊かさとゆとりを感じられる安定的な経済基盤が保障されていることであると言える。
 これは、管仲が菅子の中で述べている言葉「倉廩 ( そうりん ) 実ちて 則 ( すなわ ) ち礼節を知り、衣食足りて則ち 栄辱 ( えいじょく ) を知る。」(米蔵がいっぱいになると人ははじめて礼儀道徳に関心を持って、わきまえるようになるし、衣食が十分に足りて生活が安定すれば、名誉とか恥辱というものをわきまえ重んずるようになる。)にも通じることであり、望ましい社会システムが持続される根幹でもある。
 しかし、近年の長期化するデフレ基調や2008年10月のリーマンショックを契機とする世界同時不況の中、円高、ドル安やユーロ安が続伸し産業界にも大きな衝撃を与え、さらに昨年3月の東日本大震災では多くの被災者の生活基盤を喪失させるような甚大な被害が、産業界を更らに厳しい状況へと追い立てている。このような状況が、産業界におけるコスト・リダクション意識を高めさせ、人件費の削減や賃金の抑制や多様な働き方を推奨する国の施策(高度専門知識人の流動性を高めるための施策)を逆手にとる形での非正規雇用者の増大をまねき、生活者の経済的基盤の安定化を損なわせる方向へと向かっている。
 このような傾向に歯止めをかける役割を果たすための仕組みである最低賃金も水準は低く、地域格差も広がり、その結果、是正されつつあるが、生活保護支給額を下回る逆転現象が生じてもいる。
 わが国では、われわれが生きる上での最低限の文化的な社会生活を営む権利を保障する施策として生活保護法が設けられているが、この基準を下回る最低賃金を生活者が豊かでゆとりある生活を営むための最低基準とは認められない。しかし、現在、兵庫県には最低賃金法に基づく算定法以外に、豊かなでゆとりのある生活を持続するための具体的な賃金算定基準が存在しないため、賃金低下圧力を阻止できない状況にある。そこで、豊かでゆとりのある生活を持続するために必要となる生計費とはどのような基準のもと、どのように算定することが可能であるのかを明らかにすることを目的に本調査研究が実施された。
 本研究調査における必要生計費の考え方と算定結果が、兵庫県における新たな賃金基準として活用される方途になることを心より祈念している。なお、本県における必要生計費に関する調査研究は緒についたところであり、公正性と適切性を担保しかつ妥当性を向上させるための調査研究を継続的に行っていくことが望ましいと言えよう。
 これまで、本調査研究をご支援いただいた兵庫県をはじめ、ご協力いただいた皆様へ厚く御礼申し上げますとともに、今後とも変わらぬご支援とご協力をお願い申し上げます。

神戸国際大学 滋野 英憲