第1節 本調査研究の背景と目的 page2/2

 それでは、社会全体での「賃金」や「世帯所得」の現状はどうであろうか。毎月勤労統計調査では、兵庫県内の年平均実質賃金指数(現金支給総額:事業所規模5人以上)は2005年を100とすると、若干上昇傾向にあったのが、リーマンショック以降再び低下し、2010年には95.5まで落ち込んでいる。特に製造業(2010年91.9)、電気・ガス・熱供給・水道業(88.8)での落ち込みが大きく、賃金、さらには購買力の低下傾向がみられる。また、世帯の所得は児童のいる世帯で2000年の平均所得金額725.8万円であったのが、2009年697.3万円と(厚生労働省「国民生活基礎調査」)低下している。家計を支える担い手として、女性の労働市場参加は進みつつあり、女性の雇用者は2010年2,329万人と、10年前に比べて189千人増えており、共働き世帯も増加(2000年と2010年の比較で7.4%増)しているにもかかわらず、なぜ、世帯所得が低下しているのか。その一因として、女性の場合、正社員以外の雇用形態で雇われている「非正規雇用者」割合が高く(女性雇用者のうち2010年平均53.8%:総務省「労働力調査」)、男女の賃金格差も依然としてあり(2010年男性一般労働者を100とした場合、女性69.3:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」)、世帯の所得金額を大きく引き上げる起因といまだなり得ていない問題がある。
 よって、昨今の賃金水準の低下は多くの世帯の生計に影響を及ぼしていると考えられる。なお、内閣府が行っている「平成23年度 国民生活に関する世論調査」でも、「現在の生活の所得・収入」に関する満足度は、「満足」と回答したもの45.4%に対し、「不満」と回答したものは52.4%と、不満が満足を上回っており、さらに、過去15年間、不満が満足を上回る結果が続いている。

 そのような賃金・世帯所得の状況を反映してか、国民の「生活意識」では、「苦しい」と感じている世帯は約6割(59.4%)おり、「ゆとり」を感じている世帯は、わずか4.8%と1割にも満たない。さらには、児童のいる世帯で65.7%が、母子世帯で85.6%が今の生活が「苦しい」と答えている(厚生労働省「平成22年 国民生活基礎調査」)。また、生活が「苦しい」と感じている世帯は近年増加傾向にあり、先の実質賃金指数や世帯所得の低下傾向が生活意識に影響を与えているともみられる。

 そのような現代社会を背景として、これまで、賃金に関することは、経営の視点や、行政の視点で、そのあり方や政策などが活発に論じられてはいるが、国民の生活意識を背景として、労働者自身の生活を起点とした賃金のあり方、水準といったことも同様に論じられるべきであると考える。また、全国レベルでの調査研究はあっても、地方の実態に沿った形での調査研究がないため、どうしても実生活との感覚に近い議論がしにくいと考える。ただし、賃金水準やあり方に関しては、企業や業界の個別特有の問題を多くはらんでいることも事実である。賃金の決定要因として①生産性②生計費、調整要因として③労働力の需給関係④労使関係が賃金に影響を与えている(楠田,1985)。これら諸要因をすべて議論の対象とすることは、賃金水準やあり方の検討をより複雑にするだけでなく、労働者からの視点としての議論にはなじまない結果となる。そこで、本調査研究では、賃金決定において生計費はその下限を厳然として律するものであるという立場をとり、賃金と生計費の関係は極めて重要であるとの考えを基本として(楠田,1985)、労働者(すなわち生活者)からの視点で、兵庫県内で働く人が安心して暮らすことができるような「必要な生計費」とはいかなるものか、そのあり方や水準について考えることとする。働くものすべてが自らの選択によって人生における多様な働き方を選択できるための賃金水準やあり方、行政などの施策確立に役立てていくことを目指していくこととしたい。そのために、まずは労働者にとっての「心の豊かさやゆとり・安心」を失わずに暮らしていける必要な「生計費」とはどのようなものかを詳細に見ていき、本調査研究における「必要生計費」の概念を明確に定義しておく必要がある。