第2節 必要生計費とは page2/3

 私たちの日本では生計費を勘案して取り決めている3つの法令にもとづく制度がある。ひとつは「最低賃金法」にもとづく「労働者の生計費」などを勘案した最低賃金額、2つ目は「国家公務員法」で「標準生計費」などを考慮して人事院から出される国家公務員の給与改定勧告、3つ目は「生活保護法」による厚生労働大臣が定める基準により算出された「最低生活費」をもとにして支給される生活保護費がある。
 これら3つの制度のうち、「最低賃金」と「生活保護費」については、生計費に関する基本的な考え方は日本国憲法第25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(生存権)の理念を継承しており(最低賃金法第9条3項。生活保護法第3条)、さらに、最低賃金に関しては昨今、生活保護費との逆転現象是正のために、最低賃金法第9条第3項において「生活保護に係る施策との整合性に配慮するものとする」と明文化している。よって、この2つの制度に関しては「生活水準」の考え方は共通して憲法の生存権の解釈をよりどころとする。さらに、そのような生活水準の考え方を具体的な数値に置き換えたものとして「最低生活費」がある。生活保護で算出されている「最低生活費」は、生きていくために必要な年齢別栄養所要量等をもとにした生活費の算出をし、その後、一般世帯と生活保護受給世帯との間の消費水準の格差を縮小するという観点から、生活費は一定の改定率によってスライドされ、実際の基準額が定められている(橘木・浦川,2007)。そして、最低生活費は「国民がこの水準以下になることを社会として許容しない」という意味での規範性としての「絶対的」要素と、一般世帯の生活水準が考慮された「相対的」要素の両面をもっている(橘木・浦川,2007)。なお、最低賃金の場合、中央最低賃金審議会が示す「目安額」には「賃金上昇率」が重視されている(玉田,2009)との見方もあり、「労働者の生計費」に関しては賃金上昇に組み込まれた所与のものとして扱われていると考えられる。以上から、最低賃金よりも生活保護の最低生活費のほうが、生活水準の考えがより具体的に盛り込まれており、国が考える「健康で文化的な最低限度の生活」を具現化したものと考える。
 一方、人事院勧告の資料として使われる「標準生計費」については「国民一般の標準的な生活の水準を求めるため」として、総務省で実施される「全国消費実態調査」および「家計調査」をもとに算定されている。そして「標準的な生活の水準」として、これら調査結果で現れる最も度数の多い、最もありふれた「並数」が算定に用いられている。よって、標準生計費は「生活水準」を「その時その所での社会的標準水準」(楠田,1985)としてとらえ、世帯人員別で最も多いと理論的に考えられる生活水準を具現化したものとなっている。

 以上のことから、日本の行政が考える「生活水準」としては、最低賃金法、生活保護法にみられる「最低生活費」の考え方と、人事院勧告にみられる「標準生計費」の考え方に大別でき、「最低生活費」は健康で文化的な最低限の生活を営める水準であり、「標準生計費」は日本国民の最もありふれた(標準的な)生活水準といえる。そこで、これらの「生活水準」の考え方が本調査研究にそのまま利用できるかどうかであるが、「最低生活費」は最低限の生活という意味で、セーフティーネットとしての機能を持っており、これは、一般の労働者世帯が求める生活水準とは当然ながら異なるものである。しかし、一般世帯の生活水準との「相対的」な格差是正も兼ね備えており、「必要な生計費」を算出するための指標と成り得る可能性が残るが、先の国民生活意識調査で国民の約6割が「生活意識」では「苦しい」と回答している現状からすると、そもそも相対的な格差是正の指標であったとしても、一般の労働者世帯が考える「必要な生計費」には程遠い結果となる。また、「標準生計費」においても、同様の理屈が成り立つ。