1.必要生計費算出の社会的有用性

 本稿の一連の調査研究を通して、労働者にとって今の世の中で生活するのにかかる費用を明らかにしていく作業を行ったが、調査研究結果から見えてきた「必要生計費」というものについて、あらためて何であるのかを問うてみたいと思う。
 多くの人たちは「人並み」か「人並み以上」の生活水準を求めるといった相対的な価値基準を持っている。また、現在の生活レベルを落とさずに、十分とは言わないまでも将来に備えた多少の蓄えをもち、心に多少のゆとりがある状態の継続性を求めるといった自身の中での相対的な価値基準も持っている。このような空間の中での相対的な価値基準の軸と、自身の時間の中での相対的な価値基準の軸と、この双方の軸を持ちながら生活に必要な財貨やサービス等を常に選択していると考える。その選択された結果の定量化が「必要生計費」の実態であるとも考える。ただし、これらの価値基準のみでは定量化できない反面もある。すなわち、社会・経済・文化といった大きな枠組みにおいての変化は、常に財貨やサービスの価値を変動させており、個々人の価値観に対してプレッシャーをかけ続けている。そのような意味で、「必要生計費」は個人の内的なものと外的なものとの折衷の中で生まれてくる計数でもあるといえる。
 よって、「必要生計費」は個々人の生活にとって極めて重要な意味を持つと同時に、社会全体にとっても「健全なる社会形成」のためには極めて重要な指標ともいえる。
 今後、たゆまなく変化していく社会情勢の中において、生活に必要な費用を常時見直していく作業が必要と考えるが、現在は、必要生計費に代わる指標として「最低賃金」や「標準生計費」「生活保護費」といった公的指標が提供され続けている。これらは社会的に意義深く必要度の高いものであるが、即時性と便利性を追求した指標でもあり、福祉政策的な側面性が強く表れている。かたや「必要生計費」は、人が働きながら生活をし、さらに「労働の再生産」を図るための根源となるものであり、産業・労働政策のかなめともなる指標といえる。
 以上のことから、「必要生計費」は常に個人・社会全体からの視点と、行政からの視点とで見つめなおしていく必要があり、企業にとっての賃金政策に大きな影響を与える重要な指標でもある。
 あらためて「必要生計費」とは何かを問うた場合、個々人の相対的・絶対的な価値基準のみならず、社会全体の枠組みの中でとらえていくべきものであり、社会的にも有用性のある指標といえるであろう。